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2014年9月5日

日本の観光地 いい旅長崎 平和公園を訪ねて

日本の観光地 いい旅長崎 平和公園を訪ねて


昭和20年8月9日午前11時2分、アメリカの
B29爆撃機によって、長崎に原爆が投下されました。
この新型爆弾は、旧小倉陸軍造兵廠があった、小倉に投下予定でした.
しかし小倉上空は、雲が多く視界が悪くて、第二目標の長崎に、投下されたのです。

長崎の地形が、海と山に囲まれているために、被害は広島よりも少なくすんだと、いわれています。

それでも、一瞬にして、7万5千人の命を奪い、7万人を傷つけたのです。
半径2kmは焼け野原となり、さながら地獄絵を、目の当たり、にしているようであったようです。
今でも長崎に深い悲しみと、傷跡を残しています。

原爆落下中心地は、平和公園となって、
多くの人が訪れています。
訪れた人々は、何を思い、何を感じるのでしょうか?

ブロンズ像を眺めて、手を合わせる人、
平和の泉の石碑に、涙を流す人
送られてきた千羽つるに、祈りを捧げる人
みんな同じように、平和を祈っているのでしょう。

案内してくれる人たちの話を、
真剣に聞きながら・・・・!!

平和公園
公園は小高い丘の上にあり、
その公園にブロンズ像があります。


公園でひときわ目立つブロンズ像は、
島原出身の彫刻家、北村西望による作品で、
平和は長崎からをスローガンに昭和30年8月に建てられた青銅の像です。


平和を願、う長崎市民の象徴でもあります。
高さ9・7m、重さ30トン
この像は、神の愛と仏の慈愛の象徴で、
天を指した右手は、原爆の恐ろしさを、
水平に伸ばした左手は、平和を、
軽く閉じた瞼は、原爆犠牲者の冥福を祈っています。


原爆落下中心地碑


緑の木々に囲まれた、落下中心地は、
昭和20年8月9日11時2分、上空500mで炸裂しました。
その落下中心地に、昭和43年に建立された黒御影石は
天に向かって、真っすぐに立っています。

焼け野原となったこの地に、人々は70年は、草木も生えないだろうと
いっていましたが、1ヶ月後に、キョウチクトウなどの植物が芽をだして
、人々に希望をもたらしてくれました。

平和の泉


平和のはとが、羽を広げた形をした噴水で、原爆で焼けただれた身体で、水を求めて、叫んびながら死んでいった人たち、
その人たちの霊を慰め、水を捧げ冥福を祈っています。
もう一ヶ所、目にとまった場所があります。

「噴水の前の石碑」
のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしての水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたままのみました


ーある日のある少女の手記からー
とかかれた碑がありましたが

ちょっと立ち止まって、何度も読みました。
戦争も知らない私ですが、この詩に書かれた
思いがズシンと重く心に残り、
いっぱい水を飲ませてあげたかったと、
親心に思いました。

長崎の鐘
永久に平和が続くことを願って

この鐘を鳴らし続けようと
昭和52年に7月20日に建立されました。
公園には平和の象徴のはとが、群れ遊んでいます。

毎年8月9日は記念式典では、今もなくなられていく
原爆犠牲者の慰霊祭が、行われています。
毎年新た犠牲者の名前も、刻まれていきますが

改めて戦争、原爆の恐ろしさを感じます。
今年もまた、キョウチクトウの花はあの時と同じように咲いています。
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